東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1104号 判決 1965年9月28日
控訴人 菅谷孝二郎
被控訴人 合名会社 桝善商店
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一、一一〇、二二二円及びこれに対する昭和三四年一月九日から完済まで年六分の割合の金銭を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第二項について仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は<省略>…………ほか原判決摘示事実と同一であるのでこれを引用する。
理由
当裁判所も控訴人の請求を失当として排斥すべきものと判断するのであるが、その理由は原判決の挙示するところと同一であるので、これを引用する。
すなわち合名会社の社員が除名によつて退社したときは持分の払戻請求権を失う旨の定款の規定は合名会社が内部関係において定款をもつて規律し得る事項に属するものと解するのが相当である。本件において除名によつて退社した場合というように特定個別的に持分の払戻請求権を失う旨の定款の規定が営利社団の本質に反する無効のものとは解されないというべきである。なおこの関係を詳言すれば、つぎのようになろう。合名会社のある社員が退社し、会社が他の社員を構成員として存続するとき、合有の性質を有する会社財産についての残存社員の持分は当然に拡張する。このことは、ある社員の退社があつても会社の同一性が失われることなく、また本来合有の性質を有する会社財産そのものに変更を来すべきでないからである(従つて、退社の場合の退社員の持分が積極であるときに行われることのあるべき払戻は、財産の分割の性質に出るものではない。)。
以上の法律関係は、組合の性質を多分に有する合名会社の本質に由来するもので、強行法に属する。しかし、会社の同一性と会社財産の合有性を害しない限り、それ以外の点で、すなわち、残存社員の持分の当然の増大にかかわらず、それが退社員の負担において無償に行われるべき旨を除名等の一定の場合につき定款で定めることは、前示の強行法の分野に属しないから、許されて差支えない。たしかに、除名は、退社原因中でも非任意の場合に属するが、それが法定の場合に限り、かつ、裁判上の手続によつてのみなされることを考えれば、前示のような定款のもとにおいても、持分の剥奪をのみ目的として除名が濫用される虞れは有り得ない。商法第八七条の規定は、被除名社員の持分計算の結果が積極であつて払戻しを行うことがあり得る場合に備えて、その計算の方法につき民法第六八一条の特則を定めたゞけのものであり、同法第八九条の規定は、労務または信用の出資の場合においても、これを金銭に見積つて持分の計算をなすことができる旨を定めたに止まり、これらの法条の存在は、前説明に反する解釈の根拠とはならない。むしろ、同法第八九条但書の規定の存することは、以上の説明を支持するものであつて、同条所定の場合に限定してのみ定款による別段の定めを有効とする解釈をなすべきではなく、それは注意的のものである。
よつて控訴人は右定款の規定により持分の払戻請求権を有しないわけであるから、その請求は失当であつて、本件控訴は理由がないので、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 中西彦二郎 西川美数 外山四郎)